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東京都中野区の歴史
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所在地 中野区新井4-14 (北野神社)

  力石
 この石碑の周囲にめぐらされている13個の大きな石は「力石」といって、昔、若者たちが力くらべに使ったものです。今日とは違い、娯楽の少なかった時代には、神社の祭礼は人々の最大の楽しみでした。祭りの日、若者たちは大きな石を頭上に高くかかげて、その力を競い合い、持ち上げた石に重量や姓名を刻んで奉納したものです。
 刻まれている銘文からは、新井村や上高田村から集まった若者たちが、38貫目余(約143.5キログラム)~70貫(262.5キログラム)までの石を持ち上げ、
奉納したことがわかります。
 力石の行事は、娯楽の面だけではなく、その多くが神社の境内にあることからも、本来は神事儀礼であり、また、重い石を持ち上げることにより一人前として社会に認められた、当時の通過儀礼のひとつでもありました。
 昭和59年(1984)3月  中野区教育委員会



梅の花 
 匂ふあたりの
      夕くれは 
 あやなくひとに 
  あやまたれつつ


 作者大中臣能宣朝臣(なかとみのよしのぶあそん)
    (延喜21年〔921〕~正暦2年〔991〕)
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