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東京都中野区の歴史
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所在地 中野区野方3-7



 庚申塔には、大洋と着き、青面金剛、3匹の猿、にわとりなどが彫られています。
 この付近の人々31人が建立したもので、石の側面には享保二十一丙辰天3月吉祥日(1736)と彫ってあります。台石には「右中村道 左さぎのみや道」と記され、道標の役をはたしていました。



 地蔵尊は、延享元年(1744)9月建立されたもので、沼袋村の矢島亦右衛門のほかに、とめ、多よ、いちなど女性の名前が記されています。台石
には、秩父、坂東、西国の観音霊場百ヶ所をめぐり、長寿福楽と来世での安穏を願った旨の文字が読みとれます。



 二十三夜の碑は、昔、このあたりで疫病がはやったことがあり、祈祷師から以前にこの地にあったはずの二十三夜塔を再建するようにとのお告げがあり、関係者8人によって昭和2年(1927)に建てられたものと伝えられています。

 平成12年(2000)5月   中野区教育委員会
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